碧井 ゆき の物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。twitter.com/snowycrow2blue https://note.mu/snowycrow2blue

彩夏夜160602

お願いだけはできない。

してもらったということだけが残るといつまでも心にしこりになる。

「一緒に暮らせることはこの先ないということですか」

武端は両手を奥行きの浅いベンチ板にのせて体を支える。

「武端さんの子どもを見たいんです。本当に」

のどの奥が硬くなってきて声が伸びなくなる。

「私は若くありません。間に合わないかもしれません」

武端が体を起こして心配する目つきをする。

次の言葉は言わせたくない。

「ほかの方のところをまわってください。山場の後、待っています」

武端は顔をこちらに向けたまま動かなくなった。

信号が青に変わっても発進しない車があり、クラクションが鳴る。

武端は体からぎりぎりと音が聞こえそうな動かし方をしてぎごちなく前を向く。

目がうつろだ。

信号が青になった道路を、車の白いヘッドライトとテールランプの赤い灯りとタイヤと路面とで起こる音が通り抜けていく。

乗用車にタクシーや、バスやトラック。音がみな違って聞こえる。

武端の肩がわずかに下がる。

「それが、答えですか」

櫂子は小さくあごを引く。

相づちのつもりではない。

「答えですね」

もう隠すものはなかった。