碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

これから e

「気持ち、変わらないの」

「うん」

電話口の向こうで、瑠璃は気弱な声を出す。

「清星(きよぼし)さんの所に行きたいんじゃなくて」

「わからない。それでもいいと思ってるわ」

「ひとまかせじゃない?」

「決めることのほうがストレスなのよ」

 

トシ子は旅先のガラス工房で小物をつくるのが好きな瑠璃の話がもとで取材に行き、一段落ついた報告がてら電話を入れた。

清星のことを聞いたのは取材に行くことが決まってからだ。

 

瑠璃がいつもの旅のようにガラス細工をつくる体験のできる工房を探すのに観光案内所に連絡を入れ、紹介されたのが窓口役を務めていたガラス工房組合の青年部部長だった清星さんだった。

体験とはいえ何度もガラス細工をつくっているので、体験メニューには載っていないが、月に一回ボランティアに行っている知的障害の施設に通う人たちと遊ぶための大きなおはじきをつくりたいと申し出たのだと言う。

 

旅に出かける前に手順や費用などを連絡し合い、その後は年に二回ほど会っているらしい。

聞いた事実よりも、机を並べて勉強した仲なのに知らないことがあるほうに驚いてしまった。

トシ子が取材に行ったときには、清星さんはいなかった。

組合の次長の人が出てきて若い人に継いだ。

誰の口からも清星という名前が出てこなくて、まるで町から消えたようだった。

 

「法於さんへの気持ちは、弱くなってないの」

「変わってないと思うわ。かわいいわよ」

小さくぷっと噴き出してしまう。

瑠璃の言い方は真剣そのものなので、変わりかけた表情と声色を戻す。

そして、

「本当かなあ」

とカマをかけてみる。

 

ふざけた声を出して、下世話なことも聞いてみようか。

「どっちがいいのよ」

「ええっ」

ニュアンスで伝わったのだろう。

瑠璃はとまどった声を出す。

その声が艶っぽくてざわざわしてしまう。

「ちょっと……細かく言えないわよ」

 

「やだあ、細かいことなの」

おかしさにたまらず笑い出してしまう。

細かいこと。

それはプライバシーに関することよね。

友人の幸せが嬉しいのだか、うらやましいのだか、涙が出てくる。

「比べる基準が乗っからないの」

言い回しがおかしいが、だからこそ本音なのだろう。