碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

これから h

公数は青菜の煮びたしをつついている。

葉の一枚を箸先でつまむと葉がびろっと伸びる。

葉をまとめて出汁につければおいしいものを、伸びてたれ下がったままの状態で口を横から持っていき、食べる。

あまりおいしそうに食べているようには見えない。

香子はソフトボールの遠征試合で今日は帰りが遅い。

公数と二人の昼食はサンドイッチにして軽めだったからおなかがすいて、夕食の用意は早めの五時半に支度ができた。

小鉢に盛った青菜の量は大した量ではない。

前の公数だったら三口ほどで平らげていた量で、美咲が夕食の準備を終えて椅子に座る頃には食事の半分くらいが終わっていたのに、青菜の煮びたしはまだ葉の一枚目だ。

身のしまった白身の魚の粕漬けは、公数のをいちばん大きいものにしておいたが、腹身から食べて、背身のほうには手をつけていない。

後に座った美咲はもうおかずの半分ほどを食べて、追いついてしまった。

「ごちそうさま」

公数は箸を置く。

「こんなに残ってるわよ。食べないの」

「入らないんだ」

公数は力のない声で答え、立ち上がる。

おかずの残っている皿を流し台に持っていく。

置いておいてくれれば、美咲は適当にラップに包んで、翌日の昼にでも食べる。

いつもなら夕食後の公数はリビングのラグの上にゴロンと横になるが、二階の寝室へ上がる階段のほうへ足を向け、二、三歩で足を止め、美咲を振り向いた。

「コンビニに行ってくるわ」

「そう、行ってらっしゃい」

雑誌でも買ってくるのだろうと考えた美咲は軽く返事をした。

「メシが足りないから」

美咲は耳を疑った。

「食欲がないんじゃなかったの。あんなに残して。食べればいいじゃない」

体調とか好みとか値段を考えて作るのに残されると腹が立つのだ。

「粕漬けは嫌いなんだ」

「前は何も言わなかったでしょう」

「本当は好きじゃないんだ」

スーパーで下味付きで売られている魚や肉は本当に便利でよく利用していた。

「言ってくれればいいのに」

鼻から息を吹きだす。

公数はためらいがちにじっと美咲の顔を見る。

「ここを出ようと思ってるんだ。出たい」

「何言ってるの」

別れようと言われていたのだからいつか出る言葉だっただろうに、思いがけなく驚きの声を上げてしまう。

どこかで脅しだけだと思っていた。

「一緒に居ても、何もないだろ」

別れたいと言われたときの理由は到底納得のいくものではなかったから、いろいろ考えて改められることは変えてきたつもりだ。

料理は公数の好みのものを増やし、公数が話すことがあればほかのことに優先して話を聞き、PTAの役員の仕事や実家との関係で相談に乗ってほしいことがあるときは以前より落ち着いて言葉を選んで話すようにしてきた。

けれど、何もない、というのはあんまりだ。

誘っても声を掛けても背を向けられてしまうのだ。

最近の公数は、朝目が覚めると隣に居ず、リビングのソファで寝ていることが多い。

「何もないって、だって」

次の言葉が出ない。

公数の言う「何もない」は、公数と美咲の関係のことではなくて、公数の状態について言っているのだとしたら、それは美咲が何と言おうと公数にとって真実なのだ。

「私にはお金をかけたくないってこと」

「いや、そういうことじゃない」

公数は寝室への階段を上がっていく。

足音を聞きながら美咲は頭を整理しようとする。

 

 

*この文は、2016年11月に投稿しました。ブログの掲載順の都合上投稿日時を変えてあります。