碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

魂追跡サービス -3-

魂追跡サービスのシェアナンバーワンを誇るソウル・チェイサー社のハートン・ロックウェル取締役の役員室に、キジュ課長とカグラザキ係長が生命保険会社とのタイアッププロジェクトについて進捗を報告しに来ていた。

「キジュ、競合のリサーチデータはどうした」

「あれ、入ってませんか。入れたはずなんですが。あれは販売促進部に戻らないと出せないな。カグラザキ、取りに行ってくれないか」

キジュは慌てた様子で早口で言った。

「あのデータは課長格以上しかパスワード知りません」

「ああ、そうだったな。そうだった。僕が取りに行ってきます。いやはやすみません。すぐ戻ります」

キジュは役員室のドアを開けるときに足をぶつけ、いてっ、と大きな声を出して廊下に出て行った。

ロックウェルはキジュが出ていくのをゆっくりと眺め、自分のデスクの上に積んだ本に視線を落とした。

「なくてもなんとかなるんだけどな」

落ち着いた低い声だった。

「競合のデータですか?」

カグラザキは存外だという顔をした。ロックウェルは本に視線を置いたままゆっくりと首を振った。

カグラザキは落ち着かなくて、座っていた椅子の上でお尻をもぞもぞと動かした。

「本当はわかってるんだ」

「何がですか?」

カグラザキは何を勘繰られたのだろうとひやっとした。

「死後の生命エネルギーの行き先さ。追跡サービスに期限を設けているのは混乱を避けるためだ」

何か勘繰られたわけではないようだ。カグラザキはほっとして次の質問をした。

「どこなんですか?」

「俺のじいさんの魂は姪っ子の生まれてくる赤ん坊に入った」

「知っている人にだと気味が悪いですね」

「お前のおやじさんのもわかっているぞ」

「教えてくれなくていいです」

「60日後にベネズエラの」

「うわあ、名前言わないでください」

「わかっている場合はまだ説明がつく。わからないケースや説明しがたいケースもあってな。期限を設けているのはこのせいのほうが大きいな」

「どんなケースがあるんですか」

「消滅したり、ひとりの赤ん坊に5つも6つも入ったりすることがあるんだ。ひとつの生命エネルギーがいくつにも分かれることもある」

「葬送する方やご家族にはいつもひとつだけ示しているじゃありませんか」

「消えてなくなるのはまずいだろ。複数は困惑するだろう」

「そういうときはどうするんですか」

「つくるんだ」

「…今、何と?」

おっしゃいましたか、が言えなかった。

「故人が生きていた頃に検索していた言葉から推測して動きをつくっている」

「ねつ造にならないんですか」

「最初の説明書に注意書きを入れているからな」

葬送する顧客への説明書には以下のような文言が書かれてある。

 

天文現象等により生命エネルギーの追跡を正確に行えない場合があります。

 

あの文言にはそんな含みがあったのか。仕事とはこんなものだろうかと、カグラザキは気落ちした。

「仕事に身が入らなくなりそうです」

「カグラザキ、これを聞いたということは君は幹部候補だ」

「えっ」

カグラザキはにわかに肩に力が入った。

「大いに力を発揮してくれたまえ」

「ありがとうございます。がんばります」

 

宗則のコマは48日目にちさとたちの住む町に戻ってきた。ただし、高さははるか上空である。

翌日、ちさとと辰男と小冬は仕事と学校を休み、49日目の宗則のコマの動きを見守った。宗則のシルバーのコマは家のまわりをゆっくりくるくると回り、家の上で止まって、小さく震えて消えた。     

 

-完-

 

 

 

 

 

☆『魂追跡サービス』は、「碧井ゆき」のペンネームで2015年9月に第3回星新一賞に応募したものです。記述を改めてあります。