碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 1

住宅街を歩いていたら、いつの間にか女の子が前を歩いていた。

何も荷物を持っていない。

手ぶらには似つかわしくない、ユリの花をふたつ伏せて重ねたような白いドレスを着ている。

足元はかかとの低いサンダルだ。

女の子はふいに鍵を落とした。

形はふつうだったけれど、鍵穴に差しこむときにつかむところはらでん細工が埋めこまれて光っている。

すぐに、声をかけた。

「鍵、落としましたよ」

彼女は、僕の手の中に収まっている鍵をちらっと見てから僕の顔を見上げて、

「持っていてください」

と言った。

そして、前を向いて歩き出した。

「そんなこと言われても困ります」

僕は彼女を追いかける。

「私も困るんです」

彼女はまた早足で歩き出す。

「どこの家のかわからないとしょうがないですよ」

彼女はちょっとだけ振り向く。

そして、突然右に曲がり一軒の家の中へ入った。

ブロックの積まれた門柱がまわりの家よりもりっぱな家だ。

 

ぴたっと閉められたドアのかたわらの呼び鈴のボタンを押すと、年配の女の人が出てきた。

女の子の母親にしては歳が上のように感じる。

お手伝いさんだろうか。

「あのう、ここの家の人が落し物をするのを見まして」

僕は、ちょっと迷ったが、自分のアパートの部屋の鍵を外しておいたキーホルダーを示して言った。

金属製の地球に翼が生えているデザインで中に鈴が入っている。

「それはすみません。お嬢さん。お嬢さまぁ」

お手伝いさんらしい人は、玄関からまっすぐ延びる長い廊下の奥に向かって叫ぶ。

廊下は暗い。

女性の向こうに、器に盛られた料理が並べられたお盆が床に置かれているのが見える。

女性はお盆が前に置かれたドアをノックする。

そして玄関のほうに戻ってくる。

「だめみたいです。申し訳ありません」

「いいえ。突然すみませんでした」

引っ込みがつかないので、キーホルダーは女性に託した。

ずいぶん使ったものでポケットに入っていることが多かったから、ところどころ色落ちして摩耗している。

まあ仕方がない。

僕はその家を後にした。