碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 9

お盆に氷を入れたアイスコーヒーのグラスをのせて彼女が戻ってくると、チワワも一緒に戻ってくる。

彼女は僕の前のテーブルにグラスを置いた。

ガツン、と音がした。

来客の相手をするのはいかにも不慣れな感じだった。

 

「ごめんなさい」

「いや、大丈夫」

チワワは、彼女が座っていたソファの足もとにフセをした。

 

アイスコーヒーは紙パックで売られているものの味がした。

思っていたよりのどが渇いていたようで、半分ほどを一気に飲むと、四角い氷がごろごろ出てきた。

 

父親が帰って来るのなら、着替えを貸すと言ってくれてもよさそうなものだが、彼女は何も言わなかった。

僕から言うのも気が引けたし、もし言ってくれたところで断るとは思うが、それでも言ってほしいと思った。

言葉だけのことは言えない人なのだろう。

 

彼女は、これ以上の配慮を示せなくて落ち着かないようだった。

 

彼女はカーペットの上からチワワを抱き上げ、膝にのせた。

濡れて脚にへばりついていたドレスは、もう乾いてきていた。

僕のチノパンは綿だからなかなか乾かない。

 

「あの、ドライヤーを」

「お手伝いさんは」

二人の言葉が同時に重なった。

彼女は口をつぐんでしまった。