碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 10

ドライヤーは、彼女が取りに行きづらいところにあるのだろうか。

彼女の次の言葉が出ないので、僕は一番気に掛かっていたことを口にした。

 

「お手伝いさんとは、うまくいっているんですか」

彼女は両手をひざにそろえたまま、首をかしげた。

 

「うまくいっているかはわかりませんけど、気を遣ってくれているのを気にしなくなりました」

表情は変わらなかった。

 

「よかったですね」

僕は雨に濡れた体が冷えてきていたが、笑顔をつくって言った。

 

「いいんでしょうか、これで」

「何がですか」

 

彼女の一文は短い。

ひざの上にそろえている手を見つめる。

 

「人の思いやりを、無駄にするみたいで」

僕は間髪を入れなかった。

 

「いいんじゃないですか。したくてしていることなんですから」

 

彼女は髪だけは乾いていない。

前髪のへばりついた顔で僕を見る。

「気持ち、伝わっているじゃないですか。なくなったらさびしいでしょう」

 

彼女は虚をつかれたように僕の目の奥を見る。

「親切にしなくてもいいんですよ」