碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 12

「ドライヤー持って来ます」

 

僕の顔を見上げた彼女の目は涙がたまり、赤くなっていた。

 

「いいですよ、大丈夫です」

 

僕の返事を待たずに彼女は廊下へ飛び出して行った。

 

チワワは、彼女の動きを首を動かして追ったが、タオルの山から離れなかった。

 

なんだか胸が痛かった。

 

ドライヤーを持って来るのに、なぜ大きな決意がいるのだろう。

 

あの表情からして、彼女には、あるいはこの家では、きっと大ごとなのだ。

 

彼女の足音は階段を上がっていき、ドアを開け閉めする音が2回した。

それぞれちがう部屋のようだった。

 

探し回っている雰囲気が伝わってくる。

 

突如、ドアを開ける音がして、バタン、と大きなドアを閉める音がすると、上りよりも大きな音を立てて彼女は階段を降りてきた。

 

リビングに入るなり、ドライヤーを持った腕を僕に突き出した。

 

「はい、どうぞ」

 

顔は怒っているようで、髪は乱れ、声がかすれている。

 

かすかに汗のにおいがした。

 

息が上がっていた。

 

「ありがとう。なんかすみません」

 

彼女の鬼気迫る雰囲気に気圧され、また訊けば追い詰める気がして、言葉が継げなかった。

 

 

息が上がっている彼女は立っているのもやっとのようで、僕は自分でコンセントを探して、ドライヤーのプラグを差した。

 

ドライヤーがブオオと音を出す。

 

チワワがびくっとする。

 

熱風が裾を乾かしていく。

 

彼女は急にカーペットの上にへたり込んで座ってしまう。

 

「大丈夫ですか」

 

僕はドライヤーのスイッチを切り、彼女に歩み寄ろうとした。

 

けれど、彼女は僕の方に腕を伸ばして手のひらを直角に立て、イヤイヤをするように手を振る。

 

涙がこぼれ出していた。

 

腰が抜けたようにテーブルに向かって這うように近づき、テーブル下の棚にあったティッシュケースからティッシュペーパーを取り出し、涙をぬぐう。

 

チワワが彼女のもとに寄る。

 

「乾かしていてください。音がしているほうが楽です」

 

気がかりだが、言うとおりにしたほうが彼女の気が済みそうだと思い、コンセントのそばへ戻って、再びパンツの裾を乾かし始める。