碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 17

目が覚めると、掃き出し窓から見える庭は、住宅街を照らす街灯の光を常緑樹の葉が反射しているほかは暗かった。

 

彼女は僕が眠ってしまったときと全く同じ位置でカーペットの上に正座をしていた。

 

「うわ、こんな時間まで。すみません」

 

夜の8時くらいだろうか。

がばっと起き上がると、体が軽かった。

 

「いいえ、大丈夫ですよ。お体大丈夫ですか?」

 

玄関のドアのあたりがガチャガチャいう音がして、まもなくタエコさんが両手にレジ袋を提げて入ってきた。

 

「あら、お客様」

「こんばんは」

「この方具合が悪くなって」

 

3人同時に言葉を口にした。

 

彼女が笑わなかったので僕も笑えず、タエコさんも笑わなかった。

 

「おかげさまで良くなったので、もう失礼します」

「いいえ、ごゆっくり」

「そこまで送ります」

 

僕の言葉の後をタエコさん継ぎ、タエコさんの言葉の後を彼女が継いだ。

 

僕はソファから立ち上がった。

立ち上がると自然に茶だんすの上に目が行く。

 

彼女の目が僕の目線の先を追う。

 

彼女は茶だんすの上のキーホルダーに手を伸ばしながら、キッチンに入ったタエコさんのほうを見る。

 

タエコさんは横顔を向けたまま、小さくうなずいたように見えた。

 

彼女は黙ったままキーホルダーをつかんだ。

中の鈴がチャリンと鳴る。

 

リビングを出たあたりで、

「行って来ます」

と言う。

 

ちょっと遅い。

 

僕は空気感に戸惑いながら、

「すみません。お世話になりました」

と、言った。

 

彼女は手早くサンダルを履く。

僕のスニーカーはひもがほどいてあった。

足を入れて慌てて結び、玄関のドアを開けた彼女の後を追うように出る。

 

ドアを閉めると、

「ありがとうございました」

と彼女は言い、キーホルダーを僕に返そうとした。

 

街灯に照らされた顔は笑っていなくて、むっつりと不機嫌に見えるくらいだ。

送りますとは言われたものの、夜道を彼女一人で帰すわけにもいかない。

 

そんなことを考えながら、返さなくてはいけない彼女の家の鍵を僕は出そうとした。

 

チノパンのポケット。

 

カバンの外ポケット。

 

カバンの内ポケット

 

ポロシャツの胸ポケット。

 

パスケースの中。

 

彼女の家にキーホルダーを置いていってから買った赤いつるつるした革のキーケースの中。

 

どこにもない。

 

「鍵が見つからないんです。すみません。公園で探し直していいですか。帰り送りますから」

 

行ったり来たりになるのがおかしくなったのか、彼女は笑う。

 

「いいですよ」

 

僕はいったんひっくり返したポケットや、バッグを納める。