碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 19

公園の中ほどにあるベンチは照明に照らされていたが、上を蚊柱が渦を巻いていた。

 

それでなくとも、夜の公園の真ん中に彼女を連れて行く気は起きなかった。

入口そばのいちばん大きな明るい街灯の下に入り、ハンカチを地面に広げ、物をひとつひとつ出していった。

 

仕事の書類と財布だけは、一緒にしゃがんでいる彼女に持ってもらった。

 

ペンケース。

 

目薬。

 

水が半分入ったペットボトル。

 

ポケットティッシュ

 

汗ふきシート。

 

マウスウォッシュ。

 

パスケース。

 

歯ブラシ。

 

カバーをつけてある文庫本2冊。

 

キーケース。

 

小銭入れ。

 

三文判

 

バッグの内ポケットに差してあるボールペン。

 

タオルハンカチ。

 

ひとつひとつ出すたびに、彼女がどぎまぎする。

 

すべて出した。

 

カバンの底には何もない。

外ポケットにもない。

 

敷いたハンカチからはみ出るが、カバンを地面の上のハンカチの上に置く。

 

立ち上がって服のポケットをもう一度総ざらいする。

 

ない。

 

しゃがんだまま僕の書類と財布を抱えていた彼女が、

「ちょっと待ってください」

と言い、抱えている物を僕に差し出す。

 

僕は書類と財布を受け取り、彼女は僕のカバンを手に取って、外側からつぶすようにして調べ始めた。

 

細い指なのに意外と力が強い。

 

カバンが変形する。

 

何も見つからなかったようで、カバンの中に手をつっこんで内生地を叩いたり、つかんだり、引っ張ったりする。

 

容赦ない。

小さく、ぴりっ、という音がする。

 

「あっ、すみません」

 

内生地の底の縫い目がほつれていたらしい。

彼女はカバンを横に倒して、中を見ずに手探りする。

 

「あ、これ」

 

カバンの底の、ほころびを上にした下側、正面から見ると左側の底に、硬いものがあったらしい。

 

カバンと、書類と財布と彼女と交換する。

 

カバンを振ったり、生地を押したりすると、ほころびから鍵が顔を出した。

 

指でそうっとつまんで取り出す。

 

「ああ、よかった」

 

思わず声が出る。

 

彼女はにこにこしている。

 

「持っていてほしいけど、なくされたくないです」

 

僕は外に出した物をカバンの中に戻し、ハンカチに付いた土を払い、しまった。