碧井 ゆき の物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。twitter.com/snowycrow2blue https://note.mu/snowycrow2blue

夕焼け色の石

小さな女の子のリヨンは、家の前の空き地で絵を描いて遊んでいました。

地面ばかり見ていたので、リヨンのすぐ近くに来た旅人がそばの石を拾い上げるまで、旅人に気づきませんでした。

大きな手が石を拾い上げて、石が上に運ばれるのを、リヨンの目は石に吸いつけられるように追いました。

「このあたりの石は、いい石だね。」

旅人は、地面にしゃがみ込んだまま見上げているリヨンににこっとほほえんで、背中にしょっている古ぼけたかばんから、一枚の布きれを取り出しました。

薄くて、軽そうで、シャボン玉の膜のように淡い虹色に輝く布きれです。

旅人の大きな手では中指の頭が出るほどの大きさです。

旅人は、その布きれで先ほど拾い上げた石を磨き始めました。

ついさっきまで何のへんてつもなかった石が、旅人が親指に力を込めてひと磨きひと磨きしていくうちにつるつるになり、青みがかったくすんだねずみ色だったのが、きれいなしま模様のあるぴかぴかの緑色の石になりました。

それはもう、石というにはとても美しくて、宝石のようです。

リヨンが石を磨いている旅人の指先と、美しく光るようになった石に見とれていると、旅人は、

「やってみてごらん。」

と言って、布きれをリヨンに手渡しました。

リヨンが地面に転がっているどの石を磨くか迷っていると、

「色でも形でも手ざわりでもいいから、自分の好きなのを選んでごらん。心を込めて磨くことが大事なんだ。」

と言いました。

リヨンはずいぶん迷って、道の端に落ちていた三角形の石を拾いました。

つやがなくて、ざらざらとした暗い緑色の石です。

リヨンは、石のひとつの面を磨き始めました。

力を込めているのに、なかなかぴかぴかになりません。

旅人は言いました。

「きみは、大切に思う人はいるかい。」

リヨンの頭には、いつも優しく笑っているお母さん、ときには厳しいけれどリヨンを抱き上げてくれる腕が頼もしいお父さん、リヨンが遊んでやるときゃっきゃと笑い声をあげる小さな弟のデイビッドの顔が浮かびました。

「お母さんと、お父さんと、弟のデイビッド。」

旅人はにこっとほほえみました。

「それなら、磨き上げたらいちばんに、お母さんとお父さんと弟のデイビッドに見せよう。」

リヨンは、お母さんとお父さんとかわいい弟に自分の力できれいに輝くようになった石を見せたくて、一生懸命心を込めて石を磨きました。

心を込めて磨くと、石はどんどんぴかぴかになりました。

磨けば磨くほどぴかぴかになるので、おもしろくなってきて、もっと磨くと、石はこがね色に輝き始めました。

「やっぱり、このあたりの石はすばらしい。」

旅人は言いました。

「将来、お母さんやお父さんや弟よりも大切に思う人にきっと会う。そうしたら、もっと石を美しく磨けるよ。」

旅人はそう言って去っていきました。

リヨンは旅人が去ったあとも石を磨き続けましたが、石はうっすらとしたこがね色の輝きのままで、それ以上ぴかぴかにはなりませんでした。

リヨンは磨いた石を家に持ち帰り、誕生日プレゼントが入っていた箱に結ばれていたサテンのリボンや、お母さんがリヨンのブラウスを作ってくれたときに余った白いレースや、お父さんと森で拾った殻つきのくるみとかの、宝物を入れているクッキーの缶に、美しい布きれと一緒にそっとしまいました。

お母さんにもお父さんにも弟のデイビッドにも見せませんでした。

リヨンは石を磨くことを忘れてしまいました。

 

 

十数年が経ち、リヨンは美しいむすめになりました。

ある日、道端に転がっているピンクがかった丸い石が目に留まって幼いころを思い出したリヨンは、クッキーの缶にしまい込んでいた美しい布きれでその石を磨いてみました。

石はどんどんつやを増し、ぴかぴかになり、もっと磨くとまるで埋もれていた粉雪が浮き出したかのように、やわらかく上品に光りました。

リヨンが石を磨いているときに思い浮かべていたのは、隣にある西の村のオスカーでした。

リヨンの住む北の村と、隣り合う南の村と西の村の三つの村は、毎年秋の収穫の季節になると、協力して大きなお祭りを開きます。

お祭りの期間中は、それぞれの村から選ばれた若者たちが音楽隊を組んで三つの村の通りを練り歩きます。

オスカーはその音楽隊の先頭で角笛を吹いていた青年でした。

リヨンは、磨き上げた石をオスカーに見てもらいたいと思いました。

オスカーのことは、西の村に住んでいるということしか知りません。

それでもリヨンはオスカーに石を見せたくて、石と美しい布きれをいつかお母さんにもらった山羊の革でできた小さな袋に入れて首から下げ、西の村に向かって歩き始めました。

西の村までの砂利が転がる道は、ふだんは人も馬車もほとんど通りません。

こんなに長い道のりを歩くのは初めてでした。

砂利が靴の裏に食い込んで、足がとても疲れたころ、道の向こうから王様の行列がやってきました。

王様の乗った馬車がリヨンの前を通り過ぎるとき、リヨンは敬意を込めて深々と頭を下げました。

そのときに、首から下げていた革袋から、磨き上げた石が転がり出てしまいました。

王様はそれをお付きの者に拾わせて、リヨンに、

「これはそなたのものか。」

とたずねました。

「はい。そうです。」

リヨンは答えました。

王様はお付きの者から石を受け取り、言いました。

「こんなに美しい石は見たことがない。どうか譲ってもらえまいか。礼として100万ゴードン差し上げよう。」

100万ゴードンというと大金です。

リヨンだけでなく、お父さんやお母さんや、弟のデイビッドのまたその孫の代まで仕事をせずに暮らしていける金額です。

「お気に召しまして、光栄です。でも、私はその石をどうしても見せたい人がいるのです。」

王様は怒りました。

「余がこれほどの大金を出してまで他人に頼んだことはないのだぞ。そなた、その石はどこで手に入れたのだ。」

「家の近くの道端に落ちていた石を、この布で丹精込めて磨いたのです。」

リヨンは山羊の革袋から美しい布きれを取り出して王様に見せました。

「ほう。その布で磨くとそこらに落ちている石でも美しくなるのか。では、その布を譲ってくれまいか。1000万ゴードン差し上げよう。」

「そんな大金は私にはもったいないです。お金は要りませんので、西の村のオスカーという青年に会わせてもらえませんか。この石を見せたいのはその方なのです。」

「そんなのはわけもないことだ。ではこの石はそなたに返すから、その布きれを渡したまえ。」

リヨンは美しい布きれを王様に差し出しました。

もうこれで新しい石を磨くことはできなくなります。

でも、オスカーに会うことができます。

王様に返された石を革袋にしまい、もう落とすことのないようしっかりと袋の口をひもでしばりました。

 

 

美しい布きれを手に入れた王様は、城に戻ると国じゅうの石を集めさせ、家来たちに磨かせました。しかし、どの石も、どれだけ力を込めて磨いても、ぴかぴかになりません。

不思議なことに、美しい布きれはいくら石を磨いても擦れて穴が開くことはありませんでした。

王様は、

「あのむすめはオスカーに会いたくて余をだましたのだ。むすめを探し出してここへ連れて来い。」

と家来たちに命じました。

王様の計らいでリヨンはオスカーと出会えていて、美しい石に見惚れたオスカーは、リヨンと石とを一緒に眺めて暮らしたいと言い、二人は結婚して子どもに恵まれていました。

幸せな家の中から王様の家来に外へ引っぱり出され、リヨンは王様の前に連れて行かれました。

「そなた、オスカー会いたさに余をだましおったな。あのときの石はどこにある。あれを渡してくれれば許してやってもいい。」

リヨンは答えました。

「王様、お言葉ですが、あの石は私とオスカーと子どもたちが幸せに暮らすために、なくてはならないものなのです。けれど、私はひとつ申し上げていないことがありました。そのことはお詫びいたします。あの布きれは、大切な人のことを思って、心を込めて磨いてはじめて、石を美しく輝かせることができるのです。」

「本当か。では、そなたここでやって見せろ。」

美しい布きれを渡されたリヨンは、城の中にうず高く積み上げられた石の中から、きれいにまん丸なことのほかは何のへんてつもない黒っぽい石を選びました。

リヨンは城の大理石の床の上にひざをついて座り、黒い石を磨き始めました。

かたほうの五本の指と、もうかたほうの人さし指、中指、くすり指、小指でしっかりと、でも優しく石を支え、残りの親指で石を磨きました。

姿勢を正して心を込めて石を磨くリヨンの姿はこうごうしささえあり、見ている家来たちからも王様からも、ほうっ、とため息がもれました。

どれだけの時間が経ったことでしょう。

「できました。」

とリヨンが言いました。

石は上の端はピンク色で、下のほうにいくにつれてオレンジ色に色が移り、夕焼け空をとじ込めたようでした。まばらに光る白い輝きは暮れ始める空に光る星のようです。

リヨンに石を手渡された王様は、

「余は、これだけでいい。」

と言いました。

「布きれは、そなたに返そう。」

 

 

今リヨンは、自分の小さなむすめに石の磨き方を教えています。

まだまだ小さな石しかむすめは磨けませんが、リヨンには出せない美しさを磨き出すこともあるのです。

 

                                   完

 

 

 

 

※この作品は、2015年1月にアンデルセンのメルヘン大賞に応募したものです。

記事の掲載順の都合上、投稿日時を変えてあります。