碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

2016-07-01から1ヶ月間の記事一覧

ロンサムカフェ -26 最終話-

「今日は、もう、行くね」 帆波は二人分の飲み物とデザートが載っている伝票をつかんで立ち上がった。 待って、という仕草はしたが、それ以上動けなかった。 ものすごく頼りなげな、でも1本の触角が増えたような背中をして帆波はロンサムカフェの出口へ向か…

ロンサムカフェ -25-

「一緒に暮らす父親がいらないのに子どもをつくるのおかしいよね」 本心だった。 ただ、おかしいというのは世間的に見てのことで、れいみには当然の選択だった。 選択というよりは、レールがこちらにしかなかった。 「ううん、ぜんぜんおかしくないと思う」 …

ロンサムカフェ -24-

帆波の目の前のアイスクリームが溶けていく。 「あれの日にしたくないなんて、いいのかな、って」 帆波はつばを呑み込んで、続ける。 「最近は、ぜんぜんよくないの。駄目ではないけど、ちっとも気持ちよくない」 なぜ、と訊き返す気にもなれない。 れいみに…

ロンサムカフェ -23-

コップをテーブルに置く。 「ごめんね。驚いちゃって」 「謙人さんとはつき合ってないよ。赤ちゃんがほしくて協力してもらっただけ」 帆波は胸を押さえる。 頭の中で質問したいことや非難の言葉がごった返しているのだろう。 怒りの感情を出さないようにして…

ロンサムカフェ -22-

「赤ちゃんができたの」 業務連絡のように謙人に知らせた次に、話したのは帆波だった。 普通のトーンで話したので、帆波は黙ったあと、 「それは、おめでとう、と言っていいの?」 と言った。 うなずくか迷ったけれど、頭を動かさなかった。 「謙人さんの子…

ロンサムカフェ -21-

謙人とこれ以上会うのは帆波に悪い気がした。 妊娠するためだけに会っていても、話はするし、だんだん相手のことを知っていく。 ただしゃべるのも楽しくなっていく。 その時間はないのだ。 謙人と帆波の会話の時間を奪っているようでそれは嫌だった。 謙人あ…

ロンサムカフェ -20-

妊娠検査薬の窓にくっきりと青い線が出たときは、嬉しかった。 20代の男女なら妊娠する確率は25~30%だ。 そろそろ、できないと原因を考えて落ち込みそうだった。 作戦を立ててまで子どもを欲しいとは思えなかった。 できないとなると、調べて頭を使…

ロンサムカフェ -19-

一緒に育ててくれる父親は居たほうが子の情操教育にはよりよいのだろうが、謙人がいない帆波を見たくなかった。 れいみにとって、謙人と離れた帆波は帆波ではなかった。 帆波が帆波でなくなるくらいなら、一人で子どもを産んで育てる。 れいみには、するする…

ロンサムカフェ -18-

一人で産んで育てようと思ったのは、先輩がたの苦労している姿を見てきたからだ。 仕事を優先し、結婚するのは30代半ば。 すんなり子どもが授かるパターンは少数派で、30代半ばで結婚した女性の先輩たちの半分以上は婦人科へ通っている。 かえってロスな…

ロンサムカフェ -17-

社員食堂では中華丼を食べた。 週に一回は出てくるメニューで、味が気に入っていて楽しみにしている。 あんの具は、白菜、にんじん、しいたけ、豚肉、かまぼこだ。 透明の塩味のあんがごはんにからんでおいしい。 全部平らげる。 社員食堂で出されるお茶はほ…

ロンサムカフェ -16-

平日の朝はおみそ汁をつくる。 だしをひく時間まではとれないので、顆粒のだしをパッパと小なべに振り入れる。 具はわかめと油揚げだ。 味見をしようとお玉の半分くらいにつくりかけのみそ汁をすくってお椀によそい、熱すぎるのを冷まそうとふーふーと息を吹…

ロンサムカフェ -15-

翌日の朝、いつものようにハムサンドをつくろうとスライスされたパンにマーガリンを塗り、パックからハムを取り出すのに接着面をべりべりとはがしたら、気分が悪くなった。 いつもは食欲が出るボンレスハムのにおいに吐き気がした。 冷蔵庫を開けて、ほかに…

ロンサムカフェ -14-

帆波はメニューブックの巻末を開く。 サンデーやパフェ、カットフルーツの盛り合わせ、アイスクリームなどが並んでいる。 フルーツの盛り合わせは食べられそうな気がする。 「ううん。アイスティーをおかわりするわ。ゆっくり食べてね」 れいみはウェイトレ…

ロンサムカフェ -13-

クレープサンドを皿に戻し、ベリーアイスティーの入ったグラスの底にストローの先を突き刺し、底にたまっているベリーミックスジュースを飲む。 ふた口めを食べている帆波が口をもごもごさせながら怪訝な表情をしている。 口の中がいっぱいでものが言えない…

ロンサムカフェ -12-

ベリーアイスティーを飲む。 帆波もアイスティーを飲む。 口の中がさっぱりする。 帆波の歯形がついたクレープサンドから、オレンジ色がかったさいの目に切られたサーモンが見える。 れいみのクレープサンドは生ハムにも歯形がついている。 さっきの、謙人の…

ロンサムカフェ -11-

れいみはおいしそうに食べる帆波に釣られるようにクレープサンドをほお張る。 フリルレタスの尖った葉の刺激と、生ハムのしっとりした食感としょっぱさ。 とつぜん謙人の裸体が思い浮かぶ。 この場で思い出してしまう自分がおぞましい。 あわててうちけして…

ロンサムカフェ -10-

二年ほど前からだったと思う。 「ごめんね、思い出せない」 「いいよいいよ。お互いいろいろ忙しかったよ」 クレープサンドが運ばれてくる。 クレープは厚みがあった。 きれいに丸められたクレープと生ハムの中から、黄緑色の葉先がとげとげした見かけのフリ…

ロンサムカフェ -9-

「そんなことあったっけ」 「あったよ。覚えてないの? 主役が鍛冶原啓五で、ヒロインが蕗下冴子」 いくら考えても思い出せない。 当時つき合っていた彼と行った所や映画は思い出せるのだが、帆波と出かけた記憶は、大学近くのケーキ屋さんや、自転車を連ね…

ロンサムカフェ -8-

帆波と謙人はたぶんしょちゅう会っていると思う。 週二回くらいは会っているのではないだろうか。 謙人を誘うときはだめでもともとと思っている。 謙人からの誘いは、むろんない。 子どもができたらお別れなのだろうな、やっぱり。 できなかったら、帆波とず…

ロンサムカフェ -7-

帆波はマンゴーアイスティーを太いストローで勢いよくちゅーっと吸い上げる。 「れいみが来る前にも、飲んだんだけどね」 無邪気に見える笑顔だ。 「暑いものね。梅雨時期なのに」 言っておいて、れいみはグラスの半分も飲めない。 まとまった水分は朝起きて…

ロンサムカフェ -6-

れいみはあらかじめ決めておいた、この店のおすすめメニューの生ハムとハーブのクレープサンドを頼む。 帆波はメニューブックのページを最初から最後まで何度か繰り、うーん、と言った後に、サーモンとアボガドの農園野菜のクレープサンドを頼む。 契約農園…

ロンサムカフェ -5-

ロンサムカフェは、白を基調にした店内の壁のほとんどが、見かけだけのもあるだろうが収納の扉で占められていた。 扉は金色の装飾枠でふちどられ、それぞれ金色のU字形の把手がついていた。 天井から吊り下げられた照明のかさも白で、金色のふちがついている…

ロンサムカフェ -4-

謙人はすっかり見知ったれいみの体を開く。 最初のときはうまくいかせることばかり考えていたが、謙人が入ってくるときに帆波にも入ったものだと思うと体が紅潮し、奥から湧き上がる。 謙人の顔に、トレードマークのブルーのキャスケットをかぶった帆波が重…

ロンサムカフェ -3-

帆波からは夜遅くにもメールがあった。 いつも大まかに約束を決めたら直前まで連絡が来ないからめずらしい。 少し、しつこいな、と感じる。 〝渋谷よくわからないけど、このカフェよさそうと思って。 いつも探してもらってるから。 ロンサムカフェ 渋谷店 渋…

ロンサムカフェ -2-

携帯の電源を切り、体の中のじんとしたものを感じながら、意外に罪悪感がないと自分を客観的に見ている。 シャワールームのドアが開く音がして携帯をバッグの中に慌ててしまう。 ドアはほんの少しだけ開いたまま止まっている。 謙人の肌色があるのがかろうじ…

ロンサムカフェ -1-

「これで子どもができたら、帆波とは友達をやめないといけない?」 れいみは白いシーツを胸までたくし上げながら謙人を見る。 謙人は四角くて大きな尻を見せたまま黙ってシャワールームへ歩いていく。 俺が決めることじゃないということか。 そうだろうな、…