碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

2016-11-01から1ヶ月間の記事一覧

北風の吹く頃に 4

すべり台に登るには、はしごとアスレチックのようなロープを編んだ目の大きな網とがある。 安子は網を登り始めた。 「え、何よ。俺が下りるって」 安子が登るのよりずっと早く恭輔はするすると猿みたいに下りてくる。 同じ高さになったがここで言っていいも…

北風の吹く頃に 3

したいことは由花をいじめることではなかった。 それだけがはっきりした。 一度クラスの数人と授業を抜け出して行った公園に足が向かった。 あのときは恭輔も居た。 公園は丘の上にある。駆け上がるのは難儀だ。 心臓がめいっぱい膨らんだまま拍動して苦しく…

北風の吹く頃に 2

物静かで本を読んでいることの多い由花は、休み時間に近くに座る者がいると本を置いて二、三言葉を交わす。 なんだか占い師さんみたいなポジションだ。 由花が辛いと皆辛い。 安子にもそれなりに訳はあるのだろう。 授業が終わる頃には教室に戻ろうと思う。 …

北風の吹く頃に 1

校長先生はいじめはないと言った。 けれどクラスの少なくとも三分の一は由花がいじめられていると知っている。 恐らく半分以上は知っているだろう。 安子は由花に自分の宿題をやらせておいて、みんなの目の前で破り捨てる。 そして由花のノートを横取りする…

出ないための鍵 20 -最終話-

僕は、キーケースから僕のアパートの部屋の鍵をはずして、彼女に返してもらったキーホルダーにつけた。 キーケースに彼女の家の鍵をつけた。 「鍵、返しますね」 僕はまだ新しくて革のぴかぴかしているキーケースごと彼女に鍵を渡した。 彼女は泣きそうな顔…

出ないための鍵 19

公園の中ほどにあるベンチは照明に照らされていたが、上を蚊柱が渦を巻いていた。 それでなくとも、夜の公園の真ん中に彼女を連れて行く気は起きなかった。 入口そばのいちばん大きな明るい街灯の下に入り、ハンカチを地面に広げ、物をひとつひとつ出してい…

出ないための鍵 18

鍵のありかは気になるが、黙っているのも息が詰まる。 「キーホルダーは、この間気づいていたんですけど、言いそびれてしまいました」 僕は頭を掻く。 「やっぱり、あなたのだったんですね」 驚けばいいのか、どうすればいいのか。 僕は彼女の顔を見る。 「…

出ないための鍵 17

目が覚めると、掃き出し窓から見える庭は、住宅街を照らす街灯の光を常緑樹の葉が反射しているほかは暗かった。 彼女は僕が眠ってしまったときと全く同じ位置でカーペットの上に正座をしていた。 「うわ、こんな時間まで。すみません」 夜の8時くらいだろう…

出ないための鍵 16

気がつくと、僕は彼女の家のソファに横になっていた。 「わあ、ごめんなさい」 僕はひたいに手を当てて体を起こそうとした。 ひたいには熱を取るシートが貼られていて、わきの下とももの間にはタオルを巻いた保冷剤がはさめてあった。 ものすごくだるい。 体…

出ないための鍵 15

次に彼女を見かけたのは、強い日射しが降り注ぐ暑い日だった。 彼女は、前と同じ白いドレスを着て、大きな麦わら帽子をかぶっていた。 ぼくは、炎天下の中を歩いて来ていてふらふらだった。 公園の中に入り、ペットボトルの水をごくごくと飲んでいると、真横…

出ないための鍵 14

「お父さんはほとんど居ないのに?」 僕は素朴な質問をした。 「ええ」 彼女は外を見たままだ。 チワワが彼女の正座した脚にお尻をつけて横になる。 「あなたの部屋は」 「1階です」 前に来たときの、食事がのせられているお盆が廊下の床に置かれていたのを…

出ないための鍵 13

リビングに、ドライヤーの風の吹き出る音と、彼女の嗚咽、何度もの鼻をかむ音が響く。 彼女を見上げていたチワワは、彼女のかたわらでふせをしてじっとする。 泣くことが必要なんだな。 視界の中に彼女を置いて乾かす。 片方の裾がほとんど乾き、彼女が水気…

出ないための鍵 12

「ドライヤー持って来ます」 僕の顔を見上げた彼女の目は涙がたまり、赤くなっていた。 「いいですよ、大丈夫です」 僕の返事を待たずに彼女は廊下へ飛び出して行った。 チワワは、彼女の動きを首を動かして追ったが、タオルの山から離れなかった。 なんだか…

出ないための鍵 11

少し寒気がしてきた。 彼女はハッとした顔になった。 「タオル、持ってきますね」 彼女はひざの上のチワワをソファの上に移して立ち上がり、廊下に小走りで出て行った。 真っ白でふかふかのバスタオル2枚と、フェイスタオルをたくさん両手で抱えきれないほど…