出ないための鍵 14
「お父さんはほとんど居ないのに?」
僕は素朴な質問をした。
「ええ」
彼女は外を見たままだ。
チワワが彼女の正座した脚にお尻をつけて横になる。
「あなたの部屋は」
「1階です」
前に来たときの、食事がのせられているお盆が廊下の床に置かれていたのを思い出す。
「不便じゃありませんか」
たぶん、お手伝いさんは2階の部屋を使っているのだろう。
「シャンプーした後、乾かさないことも多いです」
彼女は目を伏せる。
「若い女性が、それでは大変でしょう」
ドライヤーの熱風で体があたたまった僕の口はよく動くようになっていた。
「そうですか。そうなんでしょうね」
わかりきっていない顔で彼女は返事をする。
「ドライヤー、買えばいいじゃないですか」
「え?」
そんなことは考えたこともなかった、というような顔つきだ。
「1か月のお小遣いで買えるでしょう」
あまり出歩かない彼女はお金を使っていないと思った。
「そうですね、買えますね」
でも、と言いそうな口ぶりだ。
「買いましょうよ。ね」
僕はきっと、困っているような笑っているような顔になっていたと思う。
彼女の顔は緊張していたが、目は少し笑っていた。
そろそろいとまをしようとソファを立ち上がると、茶だんすの上にこの間お手伝いさんに託したキーホルダーがあるのが見えた。
彼女は日の傾きが感じられてきた外を見ている。
何も言わない。
説明されていないのかもしれない。
キーホルダーの下にはコースターが敷かれていた。
僕はキーホルダーのことには触れず、彼女の家を後にした。
*