出ないための鍵 15
次に彼女を見かけたのは、強い日射しが降り注ぐ暑い日だった。
彼女は、前と同じ白いドレスを着て、大きな麦わら帽子をかぶっていた。
ぼくは、炎天下の中を歩いて来ていてふらふらだった。
公園の中に入り、ペットボトルの水をごくごくと飲んでいると、真横から彼女が近づいてきた。
「木蔭はすずしいですよ」
そう言ってベンチを指し示した。
僕はもうろうとしかけていて、彼女の言うまま木蔭になっているベンチへ行き座った。
木の葉を抜ける風はひんやりしていた。
少しばかり生気を取り戻したときに、
「旅行してきました」
と彼女は言った。
「ええっ、すごいですね」
暑さで頭痛が残っていたが、驚く気力はあった。
「どこへ行ったんですか」
「海と、川と、山です」
僕は目をこすった。
本当にかすんだのと、彼女があまりに大きく変わったことに対して感じ直す時間がほしかった。
「こわくなかったですか」
こわかったと言ってほしかったのかもしれない。
「最初はこわかったけれど、みんないい方ばかりで」
彼女の頬は輝いていた。
「1日目の宿に着くのは、2時間に1本しかないバスに乗り遅れたりして、大変だったんですけど」
到着が遅れると宿に電話するのも大変だった、と話し始めた。
家の中の静かな部屋からしか電話をかけたことのない彼女には大ごとだったらしい。
まわりの音も携帯電話で話している相手の声も対等に聞こえて、相手が何を言っているのかを聞き取るのはかなり集中力が必要だったそうだ。
片耳をふさぎ、大声で話している彼女を見て、公衆電話のボックスへ案内してくれた人がいたと言う。
「なんかそれで、肩の荷が下りたんです。わからないことはわからないと言えばいいんだって」
彼女の笑顔はきらきらしていた。
もっと話を聞きたかった。
けれど、頭がガンガン痛み、夏の真昼の空気が熱くて白い。
僕の体は彼女の笑顔を見たまま傾いた。
大丈夫ですか、救急車、家へ。
そんな言葉を聞いて僕の意識は遠くなった。