これから f
「ほんとにいいのかよ、それで」
「もう決めちゃったよ」
「なんだかもう、言いたいことは山ほどあるけどな」
紋二はモヒートのグラスを両手で囲むように持つ。
長袖Tシャツの袖口から出ている手の甲は毛深い。
紋二が離婚すると聞いたときは驚いたが、理由を聞いたときは、あああ、と嘆息に近い声が出ただけで、疑問は湧いてこなかった。
紋二の今のパートナーは身長は紋二や公数とほとんど同じだが、紋二よりは線が細い。
自分は紋二のタイプではないんだと思えるから、リラックスして会えるというのは正直なところある。
紋二も同じようなものだろう。
「手術したからって、セックスできないわけじゃないんだろう。工夫すればいいじゃないか」
紋二に言われると堪える。
確かに、やり切った訳ではない。
「過去の栄光か」
公数は目を閉じる。
心がざらつく。
だが、腹が立つわけでもないし、言い返す気も出てこない。
「しばらくなかったのか」
「そうだな」
「どうして」
我ながらいちいち口が重い。
分析し切れていなかったと気づく。
「不憫なのか」
胸の一部が周りの筋肉を引っ張りこむように痛む。
「それもあったかもしれないな」
「欠陥を、知るのが、怖かった、と」
紋二は、一語一語切るように言った。
この鏡はひどいな。
自分がガイコツに見えてくる。
自分のことを見つめるのが怖くて、紋二をどう見ているかを考えてしまう。
「逃げんなよ、お前。まだ自分のことを考えてろ」
頭の中に鎧ができたようになり、自分の考えが見えなくなる。
公数は再び目を閉じてしまう。
30秒ほど経った後、紋二は、
「だめだな」
と言い、鼻から息を出し、肩から力を抜く。
公数はおそるおそる目を開ける。
「考え続けると、出てくることがあるんだけどな」
平和な表情でモヒートを飲んでいる紋二が変わらず居る。
「俺はさあ、結婚がまちがいだった。いい時もあったよ。でもそれ、肉欲だった」
紋二は氷に乗っかったミントの葉がずれ落ちないように、モヒートの入ったグラスをゆっくりと回す。
昔話をするような楽しそうな笑顔をたたえている。
紋二はグラスをテーブルに置き、肘をテーブルにつき、いたずらっぽい目でこちらを見る。
「ほかに好きな人でもできたのか?」
肘をついたほうの手と、反対側の手を組む。
「いや」
紋二の顔が落胆と不安の混じった表情になる。
誰かの顔が浮かんだ気がするが、これは好きと言う感情なのだろうか。