碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

魂追跡サービス -2-

魂追跡サービスは信仰している宗教によってサービスを受ける期限を決める場合が多い。仏教徒なら49日、キリスト教徒やイスラム教徒は10日から2週間、無宗教の場合は3週間程度とするのがほとんどである。無期限というのはない。いつまでも故人のことばかりでなくこれからのことを考えていこうというコモンセンスからである。

宗則の場合は生前の本人の希望を踏まえてちさとと子どもたちが考え抜いたあげく、周囲や親類との関係も考慮に入れて49日目までとした。宗則を送るちさとも無宗教なのだが、仏教の文化の中で幼いころから育つと仏教のサイクルがしみついているのである。

 火葬が行われるまで宗則の魂のコマが動くのはせいぜい隣町までであった。

 火葬の日、宗則の棺が炉に入っていくのをちさとと辰男が小冬をはさみ、三人並んで見届けた。

「お父さん、来てる。僕の隣にいる」

魂追跡サービスの画面を見つめたまま辰男が言った。ちさとと小冬は声をあげて泣いた。

 

 宗則と同じ頃に亡くなった者たちは頭を上にした立ち姿勢でゆっくりと天に上り続けていた。

 しばらくすると、上がらずにもがいている青年がいた。まるでガラスの天井に手を這わし抜け出る穴を探しているようだ。宗則は何も引っかかる感じはなく青年のわきを浮き上がれたが、上がるのを止めて声をかけた。

「何もぶつかるようなものもないけれど、どうしたんですか?」

青年は宗則には感じられない天井を手で押さえながら答えた。

「僕は、実家は寺でして跡を継ぐつもりでした。いずれ自分も当然実家の寺の宗派の方式で葬られると思っていました。けれど事件に巻き込まれ、身元不明のまま葬られました。ちゃんとした弔いをしてもらえたのですがそれが別の宗派だったようで、ここから先にどうしても上がれないんです。弔ってくださったことには感謝しなくてはいけないのですが、気持ちが受け付けられないようなのです」

手で宗則には見えない天井をしっかり押し付けていないと、胴体や足も浮き上がり天井に体全体がくっついてしまいそうだ。

「これではだめでしょうか」

宗則は布袋の中からまず手甲を取り出して見せ、布袋の口を大きく開いて中身を全部見せた。青年の目が見開かれた。

「私は無宗教なのでこれがなくても上がっていけるんです。もしこれでよければ使ってもらえませんか」

「ああ、これです、これなんです!本当にありがとうございます」

青年の実家の寺は垢沙汰奈教であった。

 

火葬から10日が経った。火葬以来、宗則のシルバーのコマは移動範囲が広がり、3日後には日本の端まで行き、翌日にはユーラシア大陸にあった。

「辰男、お父さんは今日はどこにいるの」

魂追跡サービスの画面はいつも辰男が持っていて、ちさとと小冬は宗則の魂の居場所を知りたいときは辰男に聞く。

アイスランド。噴火が見えるところだよ。これで3回目だよ。好きなんだね」

「小冬も噴火見たいなあ」

コマは地図上からなくなることもあった。サービスの追跡可能範囲から出ることもあるようだ。

「宇宙にも行ってるのかしらね」

ちさとが感慨深げに言った。

「お父さん死んだ気がしないなあ。いつでもどこにいるかわかるし、動き方がゆっくりになったり止まったりするんだ。拡大すると、お父さんの好きだったシャクナゲの木の並ぶ通りだったり、昔遊びに行った公園だったりするんだよ。行くたびにキャッチボールをした公園だよ。小冬は、ほら、お母さんと野いちごを摘んだだろう。プロ野球の球場に来ていたときなんか、選手を応援する曲に合わせて左右に動いてリズムを取ってたよ」

宗則と辰男は昨シーズンの全日本リーグで優勝を争った東海マンガンズのファンで、宗則が死んでからも辰男はテレビの前にひとり座って試合の中継を見ている。

「辰男の話を聞いていると、お父さんは旅行に出かけただけみたいに思えるわね」

「死ぬって何なんだろうね。お父さんは死んだのかなあ」

まっさらな白目を輝かせて小冬がちさとと辰男を見上げた。

「死んだには違いないだろう」

「そうなのかなあ」