碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

出ないための鍵 5

「あれから、どうですか」

彼女はチワワを抱き直し、うつむいた。

「隣町に映画を観に行きました。映画館で観たのは小学校のとき以来でした」

「ひとりでですか」

「はい」

「ほお」

僕は目を丸くして口もとをゆるめた。

「楽しかったですか」

「ええ。ひとりで観ると、思い切り泣いたり笑ったりできるんですね」

 

彼女はチワワの頭をなでた。

「家の人には言ったんですか」

言ったほうが悪いようなニュアンスで訊いた。

 

「黙って行って、黙って帰ってきたんですけど、帰ってきて部屋の前に置いてあったあたたかいごはんを食べたら、急にしゃべりたくなって」

僕は目だけ動かして彼女を見る。

 

「降りた駅の様子とか、映画のあらすじとか話したら、話しているうちにおなかがいっぱいになりました」

彼女は恥ずかしそうに笑った。

「子どもみたいですね」

 

僕は彼女の腕からこぼれているチワワの前あしを見ていた。

細くて毛並みがよかった。

 

「よかったですね」

ぼくはチワワの頭をなでようとした。

大きく口を開けられたので噛みつかれると思ったけれど、目と目の間に指が触れると大人しくなり、彼女の腕にあごをのせた。

 

雨はやまない。

 

「うち、来ますか」