碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(一)

片手袋の彼女   碧井ゆき

 

 その日は帰りが遅くなりました。最終バスに乗り込むと乗客はまばらでした。

 バスの壁に沿って設置されている三人掛けの長椅子に、女性が座っていました。ベージュのロングコートを着て目を閉じています。

 それだけなら気に留めませんが、膝の上で組まれた手の、左手だけ手袋をはめていました。黒のウールの手袋です。右手は素手のままで、はめていません。

 なぜだろう。落としたのかな。それなら左の手袋も外すんじゃないだろうか。片手だけでもはめていたいくらい寒いのだろうか。

  でも彼女の肩からは力が抜けていて、寒さに耐えている感じはしなかったのです。

 少し経つと、手袋をはめている左手と素手のままの右手の間に手袋が小さく折り畳まれて挟まれていることに気づきました。

 手袋を失くしたわけではないんだ。なぜ手袋をはめないのかますますわからなくなりました。

 私にはそのうち、彼女の両手が男性と女性に思えてきました。手袋をはめているほうが男性で、はめていないほうが女性です。

 手袋をはめていないのではなくて、両手で何かを挟んでいたいのだろうか。何か大切な存在を失ったのだろうか。幼い子どもだろうか。ペットだろうか。あるいは恋人だろうか。

  気になって仕方がありません。何かにことつけて理由を聞きたくてしょうがありませんでした。

 

 

※タイトル「片手袋の彼女(一)~(十四)」は、2015年秋に新潮社の「第15回女による女のためのR-18文学賞」に 碧井ゆき のペンネームで応募した「片手袋の彼女」を全14回に分けて載せたものです。一次選考を通過しました(二次選考落選)(2016年1月30日現在)。気づいた誤字脱字は修正しています。