碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(二)

どう言葉をかけるか考えているうちに、彼女は停まったバス停で降りてしまいました。

 私は少し逡巡しましたが、つかんでいた吊り革を離し彼女の後を追って同じバス停で降りました。

 私が本来降りる停留所の五つも手前の停留所です。雪がうっすらと道路に積もっていましたが、道の悪いことも気に留まらないほど、彼女が気になっていたのです。

 急に同じ方向に歩いていくと彼女に怪しまれると思い、バスの進行方向の逆に歩く彼女の気配を失わないよう背中に神経を払いながらバスの進行方向にごくゆっくりと歩き出しました。

 これ以上経つと彼女の足音が聞こえなくなると思ったときに振り返り、さきほどとは逆の方向に歩き始めました。

 遠くに小さく見えていた彼女は立ち止まっていました。雪の降る中、街灯の下で手のひらを見つめています。

 私は彼女を驚かさないようにゆっくりと近づきました。けれど、彼女の右手に見たことのないものを見とがめたとき、両足が動かなくなってしまいました。 

 彼女の右手のひらには穴が空いていたのです。それも、輪郭がうごめいているのです。

 私は彼女を照らしているひとつ手前の街灯の光が及ぶ範囲にまだいましたが、それでもはっきりとわかるほどです。

 私はおぞましさと恐ろしさで全身に鳥肌が立ちました。同時に、抗いようのない魅力を感じるのを禁じ得ませんでした。

 彼女は私の気配を感じたのか振り向きました。目は大きく見開かれています。

「見てたんですか」

 表情とは裏腹に声はしっとりと落ち着いている印象でした。右手のひらを隠していません。何か見つけられてほっとしたような響きがありました。

 私は自分に落ち着くように言い聞かせながら彼女のほうへゆっくりとしたペースを保つことを心掛けて歩いて行きました。恐怖を抑えているというよりは、胸の高鳴りを抑えているのに近いものでした。

 彼女は近づいてくる私から目を離さずにいました。私はかける言葉が見つからないまま、彼女の右側にたどり着き、右手のひらを見下ろしました。

 (碧井ゆき)