碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(五)

心地よさを求めたい気持ちが勝り、私はさらに指を押し進めました。

第二関節まですっぽりと収まった指の腹と背は、ふんわりとした圧迫感でくるまれました。

ふと私は、手袋をずっとはめたままでいるけれどいいのだろうかという思いにとらわれました。私ははっとして、指を入れたまま、彼女の顔を振り向きました。

彼女は私の感情の動きをずっと見ていたのだと思います。

自分の体への不安と、恐怖を抱いた私への心配との入り交じった顔で、私を見上げました。

そして、意を決したように必死の顔つきになり、

「動かしてみてもいいですよ」

と言いました。

私は、できない、と思いました。私が気づいたことで彼女を傷つけるかもしれないと思ったからです。けれど彼女の眼差しは揺るぎません。

私は小さく深呼吸して、彼女の手のひらと私の指を見直し、指をわずかに下に曲げようとしました。けれど、次の瞬間、私は穴から指を抜きました。次に来るであろう感触を受け入れられなかったのです。

私は左の手袋を荒々しく右手ではずし、地面に叩きつけました。アスファルトで舗装された歩道にうっすらと積もっていた雪が舞い散りました。

そして彼女に向き直り、左手で彼女の右の二の腕をつかんで彼女を引き寄せました。両手で彼女の両の二の腕をつかむと、私の胸の中に悲しみのこもった目を持つ彼女があり、その目の下には、小さめの形のよい鼻と、つややかなさざんか色のくちびるがありました。

私は彼女のくちびるに私の口を押し当てました。

私は彼女が哀れでなりませんでした。私が指を動かしても何も感じなかったら彼女はどうするのでしょう。私は彼女の口を激しくいつくしみました。

その晩、私は彼女の部屋に泊まりました。

私は彼女のあらゆる穴に入りました。

彼女の右手のひらの穴の暗がりは、光の差し加減によってはぼんやりと白く光るいくつもの点が天から地の方向へゆっくりと降りていっていました。それはいつかどこかの映像で見た、深海のマリンスノーに似ていました。

 (碧井ゆき)