碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(六)

奥ゆきはどこまでも深く、その優しく抱き留められるような感覚に、私は救われる心持ちになりました。

彼女は手のひらの穴に感動している私を見て昂ぶり、私を強く抱き締めました。

 

私たちは一緒に暮らし始めました。

派遣先に気に入られ今の職場が長い彼女は、帰りが私より遅いこともあり、そんな日は私が夕食の用意をしました。

彼女は部屋に帰ると外ではほとんどはめている手袋をはずします。水仕事のときでも素手なので、穴に水や洗剤などが入ってしまうのではないかと気に掛かるのですが、彼女は平気だと言うのです。体の中には入らないのだと言って、私の心配など斟酌する様子もありません。

しかし、私は万が一つのことでも彼女の手のひらの穴が拡がる要因にはしたくなかったので、どうしても気になると言って、家事の際は手袋をはめるようにさせました。

私たちは夕食を済ませると、一緒に風呂に入りました。彼女はお風呂だけは手袋をはずさせてほしいと言い、私もさすがにそれを止める気にはなれませんでした。

彼女は脱衣の最後に手袋をはずしました。色白で細身の彼女がなかば私に背を向けて手袋をはずす姿は官能的で神々しくもありました。

私はいちばん近いところにいる人間なのに、畏れを持たずに居られない存在だと日々思い知らされる瞬間でした。

私たちが湯舟に浸かるときは、いつも決まって私が彼女の後ろに座り、背中側から彼女を優しく抱きます。

浴槽には彼女が前から好きで使っていた水に浮かぶあひるのおもちゃがあり、彼女は私の腕の中で少女のようにそのあひるのおもちゃを浮かべて遊びます。遊びながら水面を行き来する彼女の手のひらの穴からは、お湯からあがるたびに、湯がざあっと流れ出ます。

私はそれを見ると欲情し、彼女を後ろから抱き締めて首を彼女の顔の前に回し込んで強く口づけしたものでした。

彼女は朝家を出るときは黒のウールの手袋をはめていきました。職場では白の厭味のない光沢がある手袋につけ替えていたようです。

同僚たちは特に気に留めていないようだと彼女は話していました。彼女の人柄からくるものだと思います。

彼女の手のひらの穴は、一緒に暮らしてしばらくの間、変わりありませんでした。このままでいけば、もしかしたら穴はちぢまっていくのではないかと思えるほど安定していました。

 (碧井ゆき)