碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(十一)

温泉町の駅に列車が到着したときには、風が増して吹雪いていました。

 私たちは駅前に数台停まっていたタクシーの一台に乗り込みましたが、その駅舎から出て十数メートル歩く間に頭もコートも雪まみれになりました。

 タクシーの運転手は雪まみれの私たちを嫌そうな顔ひとつせずに、

「この辺じゃ、よくあることですよ」

と言ってタオルを出し迎え入れてくれました。 観光地のタクシーの運転手の話は面白いものですが、彼もまた例外ではなく、加えて人として本来持っていたい心運びが身に沁みている人でした。青黒さが襟元から見えるようになってからは私と一緒に外に出てもいつも私より半歩下がり言葉少なになっていた彼女が、鼻までストールをかぶせたまま時折のどの奥から声を出して笑ったほどです。

 駅から宿までは、私たちの住む部屋から最寄り駅までバスで行くのより少し長く時間がかかりました。私たちは時間を持て余すことなく、かつ遠いところへ旅行に出てきた満足感も味わえました。

 宿に着くと、私たちはさっそく温泉に浸かりました。穴を他人に見せたくない彼女のことを考えて、小さな野天風呂つきの部屋を頼んでおいてありました。

 野天風呂は、内湯から扉を開けて行けるようになっています。私は先に野天風呂に入り、内湯で体を洗っている彼女に一緒に入らないかと声を掛けましたが、彼女は、

「まだ、日が高いから」

と内湯から出てきませんでした。野天風呂は他からは見えないようにつくられているのですが、万一のことが気に掛かるのでしょう。

(碧井ゆき)