碧井 ゆきの物語

こんにちは。碧井ゆきと申します。ここにはわたしが書いた小説をのせています。

片手袋の彼女(十三)

私は彼女がどんな感覚なのかいつも気になっていました。彼女が私には常に曇りのない表現をしていることはまごうことがないので、あの心臓が止まる直前が人生で最高の瞬間であると信じたくなるような快楽を、彼女は私とどう違って感じているのか知りたくて仕方ありませんでした。彼女が言葉を尽くして説明してくれてもやはりわかったつもりにしかならないのです。

 

 温泉旅行を終えもどってきてしばらくたったある日、私の左わき腹の後ろ側に小さなへこみがあるのを彼女が見つけました。彼女が私を抱き締めるときに中指があたるところです。

「何かしら」

「なんでもないよ」

 私は感覚を研ぎ澄まさせることに忙しく、おざなりな返事をしました。彼女もそのときは私の真剣さにひきこまれ、すぐに忘れてしまいました。

 彼女に指摘されるたびにへこみは深くなっていきましたが、私は気になりませんでした。彼女は私を気遣い診てもらうよう言いましたが、私は大丈夫だから、と言って涙の溜まった彼女の目を見つめ返しました。

 私には背中側にあるわき腹のへこみはよく見えませんが、それは深くなり、底が見えないほどだと彼女は言います。目立った不快感はありません。たまにくすぐったいような皮膚のこすれる感じに気づきます。

 そこでの感触も少しずつ変わっていっている気がするのです。昨夜彼女と一緒に風呂に入り、湯からあがったときには深くなったへこみから湯がざあっと流れ出て、今までにない感覚に私は仰け反りました。

 私の脳裏には、幼い頃の思い出が甦っていました。父に連れられて山中の小さな沼に行ったときのことです。

(碧井ゆき)